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東京高等裁判所 昭和45年(行コ)70号 判決 1972年10月25日

東京都中野区中野四丁目九番一五号

控訴人

中野税務署長

長井久二

右指定代理人

森脇勝

高林進

村山文彦

加藤呂一

新潟県中頸城郡中郷村野林

日曹社宅三ノ三ノ四

被控訴人

多田弘男

右補佐人

三宅実蔵

右当事者間の課税処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、左のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、控訴代理人において、新たに乙第五、六号証、第七号証の一ないし四、第八号証、第九号証(写し)、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一二、一三号証の各一、二、第一四ないし第一六号証を提出し、当審証人丸市幸雄の証言を援用し、甲第四ないし第六号証の原本の存在と成立を認めると答え、被控訴人において、原判決原本四枚目裏末行に「二五〇万円」とあるのを「二五七万二四〇〇円」と訂正すると述べ、新たに、甲第四ないし第六号証(いずれも写し)を提出し、当審証人三宅実蔵の証言を援用し、乙第九号証の原本の存在と成立および乙第一二、一三号証の各一、二の成立はいずれも不知、その余の当審で提出された乙証各号の成立を認めると答えた外、原判決の事実の項記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、被控訴人が昭和四一年三月一一日豊能税務署長に対し昭和四〇年分の所得税につき所得金額を金一八八万四一八六円、税額を金一八万一四三〇円とする確定申告をしたところ、同税務署長が昭和四三年一〇月一五日その所得金額を金三〇八万四一八六円、税額を金五四万七一三〇円と更正し、かつ、金一〇万九五〇〇円の重加算税の賦課決定をしたこと、被控訴人が右更正処分のうち右申告額を超える部分および重加算税賦課決定処分に瑕疵があるとして、昭和四三年一〇月二一日同税務署長に対し異議を申立てたところ、東京国税局長に対する審査請求とみなされ、昭和四四年六月五日同局長からこれを棄却する旨裁決され、同月一一日右裁決書謄本の送達を受けたこと、これより先被控訴人の納税地を管轄する税務署長が被控訴人の居住地の変更により昭和四一年一月二四日中野税務署長(控訴人)となつたことは、当事者間に争いがなく、更に、被控訴人の豊能税務署長に対する前記確定申告の内容の明細が、被控訴人において昭和四〇年三月二一日その所有にかかる酒田市米屋町五八番宅地四四八・一三平方米(以下本件宅地という。)を株式会社まるいち(その後「丸市商事株式会社」と商号を変更した。以下単に「まるいち」という。)に代金額金三〇〇万円で売却したとして、これによる譲渡所得をも含めて、被控訴人主張の抗弁の(一)中に掲げる表(原判決三枚目裏六行目から同四枚目表三行目まで)の「確定申告額」欄記載のとおりであり、これに対し豊能税務署長が調査の結果被控訴人の本件宅地売却により受領した代金額は金五四〇万円であるとして、被控訴人の右確定申告を前掲表の「更正額」欄記載のとおりに更正し、かくして被控訴人に対し課税される総所得金額が確定申告にかかるものに比して更正処分において金一二〇万円だけ増額されたことも、当事者間に争いのないところである。

二、そこで被控訴人がまるいちに売却した本件宅地の代金額が前記更正処分にかかるとおりの金五四〇万円であつたかどうかについて判断する。

1.(一) いずれも成立の真正について争いのない甲第一号証、乙第三号証、甲第二号証および同第三号証と原審および当審における証人丸市幸雄、同三宅実蔵の各証言によると、被控訴人とまるいちとの間の本件宅地売買について作成された昭和四〇年三月二一日付の契約書(甲第一号証)においては、売買代金を売主である被控訴人の手取り正味金三〇〇万円とする旨が記載され、同年四月八日付で被控訴人からまるいちに宛てて、右売買代金が同年同月七日株式会社荘内銀行浜町支店長三浦昌奠発行の株式会社大和銀行本店宛小切手により受領された旨の領収書(乙第三号証)が作成されていること、更に、昭和四三年八月九日付で被控訴人からまるいち宛に発信された書留内容証明郵便(甲第二号証)をもつて、本件宅地の売買契約における代金額につき豊能税務署から照会を受けたが、前記小切手による金三〇〇万円の支払の前にまるいちから株式会社大和銀行豊中支店における被控訴人の口座に送金された金二五〇万円については、昭和四〇年四月八日に現金をもつて被控訴人からまるいちに返却されたことを証明されたい旨が申入れられ、これに応じてまるいちから被控訴人に対し、昭和四三年八月一二日発信の書留内容証明郵便(甲第三号証)により、右のような金二五〇万円の返却がなされ、その金員はまるいちにおいて商品仕入れ代金の支払に充当された旨が回答されたことが認められる。

(二) まるいちが昭和四〇年三月二五日本件宅地の売買代金分として金二四〇万円、仲介手数料分として金一五万円および売買に関する雑費分として金二万二四〇〇円の合計金二五七万二四〇〇円を、株式会社荘内銀行浜町支店の当座預金口座から同銀行酒田支店および株式会社大和銀行本店経由で、被控訴人の株式会社大和銀行豊中支店における普通預金口座に送金し、被控訴人においてその内金二四〇万円を受領したこと、ついで同年四月八日まるいちの代表取締役丸市幸雄が株式会社荘内銀行浜町支店長の振出にかかる金額三〇〇万円の小切手一通を被控訴人に交付したことは、当事者間に争いがない。

(三) ところで、原審における証人丸市幸雄の証言により成立の真正を認めうる乙第四号証、成立の真正について争いのない乙第八号証および同第一四号証ならびに当審における証人丸市幸雄の証言により成立の真正を認めうる乙第一二号証および同第一三号証の各一、二と右各証言、原審および当審における証人三宅実蔵ならびに原審における証人谷田憲一の各証言(但し後掲各措信しない部分を除く。)を総合すると、まるいちは、その本店々舗の拡張建築工事のため池田某の所有土地を取得する必要があつたところ、同人においてその代替土地として被控訴人所有の本件土地を是非にと希望したので、かねて知合の宅地建物取引業者である伊藤卓の紹介により、同人と共に同一営業を営む谷田憲一と会見して被控訴人との本件宅地の売買契約の締結につき仲介を依頼し、かくして昭和四〇年三月二一日当該契約が成立するに至り(この契約成立の事実は、上述のとおり当事者間に争いがない。)、売買代金額は金五四〇万円と約定されたこと、にもかかわらず、本件宅地の売買契約について作成された契約書(甲第一号証)には、被控訴人の要望に基づいて、売買代金を前記のとおり被控訴人の手取り正味金三〇〇万円とする旨が表示された外、もし真実の代金額五四〇万円と右表示額三〇〇万円との差額の本件宅地の譲渡価額に関して被控訴人が課税されるようなことがあれば、まるいちにおいてその納付金を負担する旨の念書がまるいちから被控訴人に差入れられたこと、上記のとおり当事者間に争いのない被控訴人においてまるいちから受領した金二四〇万円については領収証が発行されなかつたが、金額三〇〇万円の小切手一通がまるいちの代表取締役丸市幸雄と被控訴人との間において昭和四〇年四月八日授受された(この事実も当事者間に争いのないこと前記のとおりである。)際に、被控訴人の要請に従つて、本件宅地の売買代金として金三〇〇万円を被控訴人においてまるいちから領収した旨の領収書(乙第三号証)が作成されたこと、前掲甲第三号証は、まるいちが被控訴人のため有利に取計らおうとの意図の下に、被控訴人のいうままに真実に反する回答をした書面であること、まるいちとしては、右のような事情から、本件宅地の売買代金の内金として前記のごとく被控訴人に送付した金二四〇万円については、帳簿上、昭和四〇年三月二五日これを丸市幸雄に対する仮払金として計上し、ついで同年四月五日林建設株式会社に対する建設仮勘定仮払金に、更に昭和四二年六月三〇日建設仮勘定にそれぞれ振替えるという会計処理をして、その支出の実態を隠蔽したこと、その後被控訴人の昭和四〇年分の所得税の確定申告につき税務当局の調査が開始されたのに伴つてまるいちに対しても事情の聴取が行われるに至つたので、丸市幸雄から被控訴人に対し、昭和四二年三月中そのことを伝えて正しい申告をするよう勧告するところがあつたが、被控訴人はその処置をとらなかつたことが認められる。

以上の認定に牴触する原審および当審における証人三宅実蔵ならびに原審における証人谷田憲一の各証言はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2. ところで、被控訴人は、昭和四〇年四月八日まるいちの代表取締役丸市幸雄に金二五七万二四〇〇円を返却し、結局被控訴人がまるいちより受領した本件宅地の売買代金額は金三〇〇万円に止まると主張する。

原審および当審における証人三宅実蔵ならびに原審における証人谷田憲一の各証言中には、被控訴人の右主張に副う趣旨のものがあり、殊に、当審における証人三宅実蔵の証言においては、右返金のいきさつに関して、昭和四〇年四月八日被控訴人が丸市幸雄から金額三〇〇万円の小切手一通を受取つた際に、丸市幸雄より、当該小切手金のうち被控訴人に対する売買代金の残額の支払に充てられるべき金六〇万円との差額を釣銭として現金で返してもらいたいとの要請があつたのであるが、既に銀行の取引時間を経過しており、直ちに右小切手を現金化することができないところから、被控訴人は、決済を翌日に延期するよう申入れたけれども、丸市幸雄において釣銭の受領を急ぐ事情があつたとみえ、なおも右要請を繰返すので、やむなく、その場に立会つていた三宅実蔵(被控訴人の実父)が被控訴人のため現金の調達につき諸所心当りに電話で問合わせ、結局三宅実蔵の内縁の妻で不動産取引の仲介業を営む鯉沼タケより手許の現金から金二四〇万円を借受け、これを丸市幸雄に対する釣銭の支払に充てることができたのであつて、鯉沼タケに対してはその後被控訴人から金二四〇万円が返済された旨が述べられている。しかしながら、前掲各証言は、原審および当審における証人丸市幸雄の各証言に照しても、また、いずれも成立の真正について争いのない乙第五号証、同第六号証および同第七号証の一ないし四と当審における証人三宅実蔵の証言により、被控訴人が昭和四〇年四月八日丸市幸雄から交付を受けた金額三〇〇万円の小切手は、同日株式会社大和銀行我孫子支店における被控訴人の新規の普通預金の預入れに充てられたが、同月一九日に解約されて同日現在の元利金三〇一万一六二〇円が即日同銀行豊中支店における被控訴人の普通預金に振替えられ、更に、同月二三日には右預金のうちから金二八〇万円が引出され、これをもつて即日右支店における定期預金として、被控訴人のため金一〇〇万円、その妻和子と右両名の養子博(この身分関係は成立の真正について争いのない乙第一五号証により認められる。)のそれぞれのため各金四〇万円の預入れがなされ、同支店における右各預金の口座はいずれも昭和四六年一月二一日当時においても継続中であつたことが認められること、更には、被控訴人の前記主張にかかる返金については領収書の発行されることがなかつたことが当審における証人三宅実蔵の証言によつて明らかであることに対比しても措信することができず、他に被控訴人の前記主張を認めうる証拠は見出されない。

3. してみると、被控訴人とまるいちとの間の本件宅地についての売買契約においては代金額は金五四〇万円と約定され、しかもその全額につき昭和四〇年四月八日までに支払が完了したものといわなければならない。

三、 さすれば、被控訴人が本訴により取消を求める、控訴人による被控訴人の昭和四〇年年分の所得税についての確定申告に関する更正処分および重加算税の賦課決定処分には何らの瑕疵もないことが明らかで、被控訴人の本訴請求は失当として棄却されるべきものであるから、右と異る判断に基づいて当該請求を認容した原判決は取消を免れないというべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条および第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 桑原正憲 判事 西岡悌次 判事 青山達)

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